2017年8月6日日曜日

7月の3連休旅行:高田城 (岩手県陸前高田市)

2017年7月16日訪城。

米ヶ崎城を散策後、浜田広綱の米ヶ崎城以前の居城である高田城に向かった。高田城は今回二度目だが、どうやら復興事業の一環で城跡の一部が消滅したと聞いたので確認も含めて再訪した。

城跡の入口
城跡の前の平地は10mほど嵩上げされているため、以前の記憶と比べるとかなり違和感がある光景がそこにあった。


高田城本丸
城内は八坂神社から本丸跡くらいまでは特に変わった様子は無く、東屋が老朽化のためか立ち入り禁止になっているくらいだった。


城から見た市街地
前回、城跡から見た光景は荒涼たる有様だったが、今回は嵩上げ台地の上に商業施設が出来て営業しており、だんだん新しい街が動き出している感じだった。


本丸背後の堀切
本丸背後の堀切にあるトイレも以前と同じ感じで相変わらず入りにくい雰囲気を醸し出していた。


八幡館(八幡神社)
本丸の背後が八幡館の郭で、城は元々はこちらが本丸(主郭)だったようである。八幡館も特に変わったところは無いが、松の木の倒木があった。


八幡館背後の堀切
八幡館の背後の堀切とその先の雑木林になった名称不明郭も以前見た光景と同じだったが…。


通行止め
名称不明郭の脇を抜けて、確かこの先に耕作地に使用されたような郭跡があったと思っていたら急に視界が開けて通行止めになっていた。


消滅部分の現状
どうやらこの先が復興事業で消滅したエリアのようで、重機が絶賛稼働中であった。とりあえず、通行止めの部分より先に入っては不味いだろうから、ここから先は確認せずに来た道を引き返した。


消滅前の郭(2013年)
過去に撮った画像を漁ってみると、どうやら消滅したのはこの辺りの郭跡のようだ。

消滅前の堀切(2013年)
画像の部分は城跡の恐らく北端だと思われる堀切跡で、この部分も当然ながら消滅した部分に含まれる。

2017年7月29日土曜日

7月の3連休旅行:米ヶ崎城 (岩手県陸前高田市)

2017年7月16日訪城。

7月15日は仙台から前谷地まで鉄道で移動し、そこからBRTで気仙沼まで移動して到着した頃にはすっかり夜だった。次の日は朝からBRTで陸前高田方面へと出かけた。気仙沼の旧鹿折唐桑駅前付近も大分建物が増えて変わっていたが、陸前高田の方は旧市街の中心部の嵩上げがある程度終わっていて、人造の台地の上に新たにショッピングモールが出来ていた。

今回向かった先は以前、蛇ヶ崎城を散策した後に向かおうとして海岸の道が通行止めで諦めた米ヶ崎城へのリトライである。米ヶ崎城は広田湾に山から突き出た丘陵が岬になっている場所で、気仙郡で大乱を起こしたことで名高い葛西氏家臣の浜田広綱の居城跡である。

岬の中ほどから主郭方面を見る
岬の基部に堀があってそこから岬の先端までが城跡だというが、現状は岬の北側半分ほどは住宅地になっている。画像は住宅地が途切れた所の浜から主郭方面を見た様子。


郭跡
住宅地の中は舗装されているが、城跡中心部に向かう道は山道に近い感じの道で、この先にある畑や神社へと続いているが、道を外れた場所にある郭跡は藪化していて平場だと辛うじてわかる程度だった。


二の郭跡と枯死した松
二の郭跡は現在畑になっており、この郭の北西部に松の巨木があるのだが、残念ながら枯死してしまっていた。ちなみに情報ではこの松の麓に浜田広綱の墓があるそうだが、この時は蜘蛛の巣との格闘に必死で確認していない。


主郭腰郭の紫陽花
主郭の腰郭まで来るとそこには紫陽花の群落が広がっており、ちょうど花を咲かせていて綺麗だった。ほとんどがガクアジサイだったため、写真だとボリュームが無いように見えるのが少々難点。


主郭腰郭のホンアジサイ
最初はガクアジサイだけかと思っていたが、よく見るとホンアジサイも所々に交じっていた。紫陽花はほぼ規則正しく並んでいるため、恐らく過去にこの地域の人が植えたものなのだろう。


主郭の米崎八幡神社
主郭跡には米崎八幡神社があるが、浜田氏が米ヶ崎城に移る前に居城としていた高田城にも八幡神社があるため、ここも浜田氏が城の守護として勧請した八幡神社が今に続いているものだろう。なお、岬の先端に近い丘の上だが、樹木が茂っているため展望は悪い。


岬の先端方面の郭
岬の先端に向かおうと思ったがこの先は藪化していたため諦めた。先人の写真を見ると画像の場所は綺麗に刈り払われてまるで芝生のようになっており、時の残酷さを感じる。

2017年7月22日土曜日

7月の三連休旅行:仙台城 (宮城県仙台市)

2017年7月15日訪城。

7月の三連休はGW以来久々に遠出が叶ったので、三陸方面へと出かけた。結論から言うと梅雨前線に振り回されて予定の半分以上が消化できない結果となり、ちょっと旅程には後悔が残った。

初日はほぼ移動だけのため、仙台に立ち寄って昼食ついでに伊達家の居城である仙台城へ向かった。


扇坂
仙台駅から仙台城に行く公共交通の手段は以前はバスだけだったが、今は地下鉄の「国際センター駅」からもアクセスできる。この駅から出てすぐの場所に扇坂があり、かつて一般の仙台藩士はここから御城に登城(出勤)していた。なので、仙台藩士気分でお城にいけるのだが、この坂を整備する際に盛り土をして写真の通りの階段を付けてしまったため、当時の気分そのままとはいかないのが惜しいところ。


二の丸の紫陽花
二の丸内部は大半が大学の施設なため見所が無いのが残念だが、公園部分に少ないながらも紫陽花が咲いていた。


二の丸のベンチ
昔、桜の時期に仙台城のこの場所では大学生が集まってここでバーベキューをしながら花見をしていたのが印象的だったが、今回訪れたら見違えるように綺麗なベンチになっていた。


中の門跡
二の丸から本丸に向かう途中にある中の門跡も整備が完了しており、砂利道だった場所は歩きやすい土色のアスファルトになって、ベンチなんかも出来ていた。


本丸の御殿跡
 仙台城の本丸は相も変わらず観光客と地元の人間で賑わっており、なるべく人物が写らないようにするのが大変だった。


本丸から見た城下町
本丸から見る景色は相変わらず絶景だったが、天候がイマイチなのが残念なところ。ただ、晴天だとこれ以上の暑さに打ちのめされるため悩ましい。


本丸の紫陽花
本丸でも紫陽花が咲いていたが、青と白だった二の丸と違い、こちらは紫とピンクだった。


2017年度のお花見:檜山城 (秋田県能代市)

2017年5月2日訪城。

羽黒山登山の後、山形県から秋田県に向かい、秋田で一泊した翌朝に檜山へと向かった。檜山はかつての安東氏の居城である檜山城があった城下町で、江戸時代は宿場町となった。

城下町の桜
桧山のかつて城下町だった住宅地にはどこもかしこも桜が咲いており、なんとも雅な感じだったが、意外にもこれらの桜は昭和の頃に記念で寄贈された桜を植えたのが始まりだという。


浄明寺山門
城下町の中にある浄明寺の山門は檜山城から移築された「城下がりの門」と言われてきたが、解体修理した結果ではどうやら寺の住職が建てたようで違うようだ。


北限の茶畑
桧山は日本では最も北にある茶畑がある。昔、檜山城を訪れた時には確か三の丸あたりにもお茶の木?が植えられていた気がする。


多賀谷館跡
桧山城から谷の城下町を挟んで西側の丘の上にあるのが江戸時代のこの地の代官である多賀谷氏の居城。内部は過去に訪れた時に散策しているが、今回は時間の都合でパス。


多宝院
前述の多賀谷氏の菩提寺が多宝院で、元々は常陸国の下妻にあったが、佐竹氏の転封に伴い家臣の多賀谷氏もこの地に移された際に、多賀谷氏の菩提寺であるこの寺もここに移転した。


多宝院のしだれ桜
この寺の枝垂桜は観光雑誌に載るほどで確かに見事だったが、時間が早すぎたせいで東から登る朝日の山影になってしまい満足の出来る写真が撮れなかった。


檜山城からの眺め
寺院を見た後は檜山城に登ったが、三の丸の端の土塁(櫓台?)の上から見た景色はなかなかの絶景だった。檜山が周囲を山に囲まれた中にある実に中世戦国時代らしい城下町の立地だということがよくわかる。今の大河ドラマでやってる井伊谷城の実物からの景色もこんな感じだった。


檜山城三の丸
桧山城の三の丸は尾根を水平に削平して作られているため細長い郭になっている。奥に見える土塁のような所が絶景ポイント。


檜山城本丸
桧山城の本丸には数は少ないが城下町同様に枝垂桜があってちょうど散り始めていた。よく見てみると八重桜と思われる木もあり、こちらはまだこの時(5/2)は蕾だった。


桝形虎口
本丸の背後の切岸の先の郭(名称不明)には恐らく城内で最も技巧的な桝形の虎口が残っており、虎口を出た先は堀切になっているため、背後の将軍山が先に陥落した後に本丸を守るための構造だというのが良くわかる。


動物の糞
以前来た時はこの虎口の先は蜘蛛の巣のオンパレードで破る作業にうんざりして途中で撤退したが、今回は動物の糞山を見つけて嫌な予感がしたため引き返す結果になった。これで通算2度目の敗退である。


2017年6月18日日曜日

羽黒山【出羽神社】(山形県鶴岡市)

2017年5月1日訪問。

蝦夷館で八重桜を見た後は、そのまま羽黒街道を進み羽黒山へと向かった。

手向の門前町
蝦夷館から少し進むとそこは門前町の手向(とうげ)で、今も小さな寺社仏閣が街道脇に点在し、○○坊と書かれた宿坊がいくつもあるのがなんとも門前町らしい光景だった。なお、門前町を進んだ先の、羽黒山参道の随身門前にある食事処でまずは軽く昼飯を食べてから山へと向かった。


随神門
この随神門を潜ると羽黒山に登る道がスタートするが、最初は門前町のある台地から谷底に降る道となる。


須賀の滝
谷底に降りて川に架かる橋を渡ると、右手になかなか立派な滝が見えた。昔は山に登る際にこの滝で身を清めたという。


五重塔
滝を過ぎてすぐに観光情報誌の羽黒山の項目で必ず目にする写真と同じ光景が見えてきたが、実際に自分の目で見てもかなり高い五重塔だった。杉の巨木が覆い茂る中になぜかひっそりとあるので、なかなか非日常的な雰囲気であった。


参道
五重塔を過ぎると一気に参道は登り道となり、この先はヒーヒー言いながら只管登った。


二の坂茶屋
参道の途中に「二の坂茶屋」があったが、ここから既に遠くに庄内平野が見えるほど眺めが良かった。ここの近くには車道は通っていないため、この茶屋は全て人力で建てられたのだろうか?


御本坊跡
急な登りが一息ついた参道の脇にかつて何かがあったであろう広い空間が現れた。後から調べてみた所、御本坊の跡だと分かった。画像はその中にあった心字池の跡で今は水が無かった。


南谷へ向かう枝道
参道の途中で「南谷」へ道が分岐していたため、この枝道の方へと向かった。ただ、この道がかなりの曲者で、湧水で道が泥道と化しており、飛び石が置いてある場所は良かったものの、石のない場所ではかなり苦労した。


南谷
苦労して進んだ先に急に広い空間が現れたが、ここがかつて松尾芭蕉も宿泊したという南谷だという。今は東屋1つがある程度だが、かつて宿坊のような大きな建物があったであろうことがよくわかる広さだった。現在は池がよく残っており、なかなか絵になる風景でもあった。


カスミザクラ
南谷に苦労してでも来たかった理由にカスミザクラが見たかったというのもあったが、残念ながら咲いている桜は拝めなかった。地面に花びらが落ちていたので散ってしまったのだろう。


南谷から旧参道に続く山道
南谷からはそのまま奥に続く山道を進んだが、結論から言うとこの道はお勧めできない。パンフレットに載っていない道の時点で察するべきだったが、道の先が旧参道に続いているのであの泥道を戻るよりもこちらの方が近いと判断してしまった。幸いこの山道は泥道では無かったものの、倒木に次ぐ倒木で道が塞がれ、道の脇は斜面で迂回できないという厄介極まりない道であった。


旧参道
倒木の酷い道を抜けると宿坊跡の広場に出て、その先でやっと石畳の旧参道に合流できた。旧参道の隣には車道も通っているため、やっと人の気配を感じることが出来てホッとした。


積雪
旧参道をしばらく登ってついに神社のある頂に辿り着いたが、ここには5月だというのに雪が残っていた。


屋根の修繕中
山を登り切り、いつか来たいと思っていた出羽神社の総本社であるこの場所にやってこれたが、社殿はちょうど屋根の修繕中になっていた。


出羽神社
神社の本殿は思っていたよりも巨大で、最初見た時は目の錯覚かと思ったほどだった。なお、ここには羽黒山以外にも月山と湯殿山も祀られているため、お守り等に記載される名称は出羽三山神社になっていた。